そらのひかり

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自分を好きだと言えました。

先日お友達に「自分の事が好き?」と聞かれました。

すぐに「うん」と。

「気に入らないところも駄目だと思うところもいっぱいあるけど、それでも私は私の事が好き」と、返事しました。



あぁ。私、躊躇いなく自分が好きだと言えるようになったよ。




昔は自分が嫌いでした。

コンプレックスだらけ。見た目も中身も嫌い。

(私の自分の嫌いっぷりは過去日記にも時々出してます)

「どうして私はこうなんだろう」と自分を責めていました。

自分嫌いで、将来を未来を夢見る事も出来ず、消えてしまえばいいのに、と思っていました。

学生の頃はコンプレックスだらけ。社会に出て働くようになっても、やっぱり自分は嫌いでした。


昔の私は、とてもとても自分に自信がなく、好きなところを見つけられませんでした。

自分に自信が無い。でも、誰かに好きになってもらえれば、自分にも好きになってもらえるところがあるんだと自分に自信が持てるのではないか、そんな思いを持っていました。

(そしてろくでもない男にひっかかり、悪循環にはまるパターンも経験しています。)



「自分が好きじゃない自分を人が好きになってくれる訳がない。

自分すら好きでないものを人に好きになれと言うのか。

人に好かれたいのなら、まず自分が自分を好きでいなければ」


昔、そんな言葉を見た事があります。

そして、思いっきり反発した覚えがあります。


「そんな事言ったって、無理。

 こんな私を好きになんかなれない。

 そんな事を言う人は、こんな思いを知ってるのか。

 そんな事を言える人はきっと幸せな人なんだ」 とね。


うん、卑屈ですね。

でも、今だから卑屈だと思えるので、当時の私はそんな事に気づきもしませんでした。




「どうやって自分が好きだと思えるようになったの」と聞かれました。

「えーと、色々」とその時は答えました。


どうやって。。。

長年の「自分嫌い」なので、そうそう簡単には克服できませんでした。

思い返してみれば、7年程の時間がかかっています。

本当に色んな事をやってみたと思います。

ワークやセッションやってみたり、CD使ってヒプノもやってみたり、色んな本読んだり話したり、出会いもあったり。

何故自分の事が好きになったか。

別に何があった訳でもないと思います。

ただ、色々やっていく内に自分の考え方や受け止め方は確実に変化しました。

今だって自分は駄目なとこいっぱいあるし、どっか心狭いし。

状況だって、特に幸せって訳でもないと思うんですよ。悲観的になろうと思えばいくらでもネタはあります。

そういう悲観的になるネタを見つけ出すのは、正直得意だと思う。

でも、しない。

悲観的になって自分可哀想になっても、何も変わらない。

それどころかどんどん良くない状態に進んでしまうだけだという事を、今の私は知っているから。

そういう事を分かるようになりました。


やっぱり、全て自分の心次第なのだという事。

状況をどう受け止めるかというのは自分の心が決める事です。



ちなみに。

色々思い返した中で、状況的に何も変わらないけど開き直れるようになったきっかけの一つはこれかもしれない。

「せめて自分くらい自分に優しくしてあげないと、私が可哀想だ」という考え方です。

自分可哀想と、自己憐憫に浸るのではないです。

でも、苦しい状況の中で頑張ってる自分を褒めてあげて優しくしてあげようと思いました。

誰も褒めてくれないのなら自分が褒めてあげよう。

誰も優しくしてくれないのなら、自分だけでも優しくしてあげよう。


この先もずっと私は私を生きていかないといけない。

同じ生きるのなら、悲しい人生よりも幸せな人生を生きていきたい。

可哀想な私をもっと可哀想にしない為に、私は自分だけでも自分に優しくしてあげる事を選んだのです。

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